2017年7月5日

【平松陽一】組織を動かす経営計画 27

組織を動かす経営計画


27.7万の人達を路頭に迷わせたくない

明治期に近藤家に関係する人々の数は7万人であった。
当時の日本の人口が4千万人であったから、今日の大企業の比ではない。
廃業することにより、この人達の生活が成り立たなくなることが第一に考えられるので、
近藤家では3つの戦略を選択することになる。

 戦略1.廃業のためのストーリー
 戦略2.製品の高付加価値化
 戦略3.現経営資源の活用

この3つの戦略は、それぞれが単独で成り立つものではなく、相互に関連しながら
展開されることが注目される。よく言われたことだが、島根地域では
たたらの廃止により、その人達が流れていき、北九州地域の炭鉱に行ったということが
多くあった。鳥取県日野郡の人達は、流れ者となることはなかった。
このような背景には、2つのことがある。

1つは、島根地区と違い、鳥取地区は公的な支援がなく、たたら製鉄が
立ち上がったこと、もう1つは、近藤家が大庄屋であり、地域をまとめることを
中心に考えていたことである。
つまり、近藤家は元々官に頼ることなく地域を取りまとめることを行うことを
ごく普通と考えていたのである。
確かに、鳥取県日野は山間部にあり、ここでたたら製鉄一筋に行っていた人達を
需要がなくなったからということで、放り出すということはできなかったのである。


次回:2017年7月19日 掲載

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