―エマニュエル・トッド氏のご講演―『西欧資本主義システムの敗北』から、新しいビジネスのあり方が見えてくる・・
~ 今夏(2024.7)大会講演への感想として③ ~
はじめに
今夏大会講演への感想の3番目として、エマニュエル・トッド氏のお話を挙げたいと思います。
前回感想で挙げた藤沢久美氏のお話にありましたように、決断するリーダーには「視野拡張力」がとても大事で、
今大会の講演の中でも、エマニエル・トッド氏の講演は、まさに歴史的な観点を持った内容でした。
そこから経営にどう活かすのか。長期的かつ空間的な広がりを持って、あらためて世界やビジネスをありかたについて、
また自社の経営について、深く考える良いきっかけになったよう思います。
お話はおよそ次のような内容でした。
講演タイトル:歴史的転換期を迎えた世界と人類の進路
―世界を代表する『知の巨人』大いに語る―
(エマニュエル・トッド氏 歴史人口学者・人類学者)
歴史的な現在の地点は?
現在の地点。それは西欧の敗北、と言いたい。30年前のソ連体制の敗北は東欧共産主義の敗北だったが、
それをロシア民族の敗北と勘違いしてしまった。その勘違いの為、NATOを拡大してロシアへの圧力を強めたことが、
現在のウクライナ戦争につながったと言えるだろう。
(ウクライナ戦争を肯定するわけでは決してないが、ロシアにとってウクライナは小ロシアであり、
ロシアの一部と言った感覚があることは事実)
ウクライナ戦争での2つの驚き
2020年からのウクライナ戦争では、2つの驚きがある。
1)ロシア軍の侵攻に対して、ウクライナ軍が有効な抵抗を示していること。
ウクライナにとって、ロシアと戦うことがウクライナのアイデンティティになっている。
2)一方で、ロシア経済が、しっかり抵抗できていること。
その要因は、多くの武器をロシアで生産出来ている事にある。
(反対に西欧諸国では、自国で生産出来ていない!)
西欧のロシア分析の失敗
ソ連崩壊後、ロシアでは社会経済が疲弊したことは事実だが、その後2000~2020年にかけプーチン時代になり、
その強権性によって社会が安定化してきたことは間違いない。
アルコール依存者は、27人から8人へ。犯罪率も正常化。39人/1000人が12人へ。
普通の生活が再建出来たということ。このことが、プーチンが国民から支持されている一番の理由だろう。
幼児死亡率に着目すると、1970年から90年にかけて、ロシアでは死亡率が上昇。ところがその後低下し、現在4.4%。
実はアメリカは現在5.4%で、アメリカの方が高い。フランスは3.5%、スカンジナビアや日本はもっと低い。
(幼児死亡率は、社会の健全性を示す数値で、社会の最も弱い者がどれだけ守られているかどうかを測る数値と考えられる。)
なぜ、西欧がロシアを打ち負かすことが出来ないのか?それはウクライナ軍の求める武器が自国で生産出来ていないから。
それに対してロシアは出来ている。西欧側の工業部門の弱さに着目する必要がある。
実は、西欧では、産業基盤の空洞化が進んでしまったという事。労働人口で見ても、
アメリカにおいてエンジニアは7%。それに対して、ロシアでは23%。人口の絶対数は違うが、
それでもあまりに大きな違いだ。結局西欧先進国の工業部門の弱体化が進んでいて、
エンジニアや肉体労働者からの逃避が起こっている、と捉えるべきだろう。
宗教が“無化”する時代
16世紀以降の西欧の台頭はプロテスタントの台頭と軌を一にしているし、
識字率(読み書きできる人の比率)とも一致している。
道徳的宗教的なプロセスを経て、資本主義が隆盛化したと言うこと。
宗教の発展段階として1)積極的宗教段階 2)ゾンビ段階(国家が台頭し、宗教が儀式化する段階)、
そして今は 3)宗教が無化(宗教がゼロの状態)の状態に入りつつある、と考えられる。
その結果、伝統的なプロテスタント的価値観(知識を習得して勤勉に働くという価値観)が喪失し、
教育水準の低下も著しくおこっている。1960年以降アメリカでは、はっきり低下している(ことがデータとしても読み取れる)。
産業軍事的な危機という事だけでなく、ロシアの伝統的社会への敗北、と捉えるべきだし、
私たち西欧の衰退が進んでいる、ということだ。
―私が驚いたこと、日本のこれからについてー
以上のような内容でしたが、お話を聞いてとても驚かされましたし、そこからいろいろ考えさせられました。
何より、プーチン政権下で社会経済が安定化してきたこと。一方で、米国やその他西欧諸国で、幼児死亡率が高かったり、
エンジニアの比率も低いと言ったこと。そして西欧先進諸国において産業基盤の空洞化によって
武器を生産する能力が低下しているという指摘には、さらにビックリ。世界の大きな潮流を見落とすところでした。
トッド氏は、「西欧の敗北」と言っていますが、正確に言うなら
「(自由な)個人の“金儲け”の欲望が社会を繁栄させる、と考える『西欧資本主義システム』の敗北」
と私には思えます。
一方日本はどうなのか。社会の安定・安全は西欧諸国と比べて、よほど保たれていることは間違いないでしょう。
しかしビジネス社会において、ここ30年の停滞からさまざまな課題を感じてしまいます。
・社員人材育成の軽視(社内教育投資の激減)
・未来へ向けた先行投資の抑制(開発投資の抑制、基礎研究の軽視)
・現状維持志向によるチャレンジ実行の抑制(設備投資の抑制、内部留保の増大)
・社員の豊かな生活の軽視(労働分配率{賃金}の抑制、非正規社員の拡大)
・一方での株主重視による株式配当や自社株買いの急拡大。
経営者・幹部社員の報酬超拡大(30年で1.5倍以上)。
その結果としての
・人々の仕事への熱意や自社への共感の著しい低下、さらに幸福度のあまりの低さ
・相対的貧困層の拡大と少子化の深刻化・・・等々
以上については、実際様々なところで言われていますし、数値的にも実証されているわけです。
トッド氏の講演を聞いていて、現象は大きく異なるものの、「西欧の敗北」と類似したことが
実際日本でも起こっているのではないか、と思えました。そして、もっと言うなら、
ここ三十年近く日本が停滞してしまったのは、それまでの「日本独自なビジネスのあり方」を捨て、
(海外投資家に先導された、目先“金儲け”中心の、彼らにとって都合の良い・・)
「西欧資本主義システム」をむやみに取り入れすぎた結果、ではないかと言うことです。
以前2022年春の大会の講演で藻谷ゆかり氏が、「株主資本主義は、人類の課題であり、
あまりにお金をもった人の力が強くなりすぎて『今だけ、自分だけ、お金だけ』になっている。
それは株主の問題だけでなく、消費者ハラスメント、会社や上司からのハラスメント等、
社会全体に大きな歪みを及ぼしているのではないか」とおっしゃっていたことを思い出しました。
その感想文で、私は「『だからこそ逆転の発想で、
・今だけ⇒未来の理想を描いて、
・自分だけ⇒周りの人やみんなのため、社会の幸せのため、(みんなを巻き込み・・)
・お金だけ⇒理想を実現するために知恵を絞って、ワクワク楽しく、トライアンドエラーしていく
・・と考えればいい、そう考えれば日本の未来には希望があふれているんだ!』と思えてきて、
むしろ元気をいただいた感じになりました。」と書きました。
繰り返しになりますが、今回も同様のことを言いたいと思います。
確かに日本経済は停滞し、GDPでもどんどん他国に追い越され負け続けています。
そしてこれからさらなる急激な人口減少が待ち受けている。だからGDP競争でさらに落ちていくことは間違いない。
でも、これだけ社会が停滞しつづけていても、(今のところは・・)街はキレイで犯罪率は低く、
勤勉に働く人達ばかり。日本の各地の自然はとても魅力的で癒されます。
人や自然に対する繊細な感性や集団的な仲間意識の高さ、献身意識、
地域(自然・文化・産業等)の多様性とその奥深い魅力、と言った日本の特性こそ、日本独自の強みでしょう。
その日本独自の強みを未来へ向けてしっかりビジネスの強みとして生かせるなら、多くの日本企業はきっと世界の中でも、
オリジナルな魅力を発揮して輝けることと思いますし、それが世界の危機を救う事にもなると思えます。
確かに今の日本は長い停滞の中にありピンチにあると言っていいでしょう。
でも「ピンチの時ほどチャンス」とホントに思います。
見方を変えれば、新しいビジネスの可能性が至るところにある。
経営コンサルタントの私としても、そんなチャンスに挑む経営者の皆様に、少しでも何かお役に立てればと思っています。
文責:株式会社CBC総研 山川裕正氏
(講演依頼サイトの講師SELECTにとびます)
講師SELECT 山川裕正氏 プロフィール(講演依頼サイトの講師SELECTにとびます)